この前、定例になったPCR検査を受けに
無料受付センターに行った。
行きなれているのもあり、並ぶのも嫌なので
朝一番で入り口に行くようにしている。
一時期に比べ朝一で並ぶ人もなくなり
自分が1番最初の日が多い。
受付時間は8:30~
5分前に並ぶも、いつも一番乗り
その日、受付の若い女性が8:30に
やってきて検査場のドアを外から
開け入った。
そして中で白衣に着替え、中からドアが
開いたのは5分以上過ぎてからだった。
わずか5分だが、何か違和感を感じた。
なんだろう、いつかこんな気持ちに
なった日があったな。
そうだ、若い社員の打刻の話だ。
その社員は9:00に出社する。
就業開始時間は9:00だ。
これを遅刻とするかしないかの
議論だった。
彼の直属の上司は、
本人は就業時間のは9:00に来ればよい、
と思っているらしく、注意もしていない
との事。
9:00に来て、自分の席に座りPCを
立ち上げて打刻をすると5分以上経って
いるから、必ず遅刻になる。
ある日、打刻データを見ると
9:00前になっていたので彼の上司に
確認すると何と修正打刻しているという。
つまりは遅刻にしてないのだ。
テレワークという仕事のスタイルが
時間への認識を変えたのか。
営業という職種もあり、昼ご飯も必ず
12:00からでなくてもよいので、
時間の感覚がルーズになっているのか。
上司も上司で、今の若い子に小さいヤツと
見られたくないのか。
私は彼の上司、つまりは部下に、
「例えばさ、受験生がいるとして、
9:00開始の受験会場に9時ジャストにいくかな。
試験開始が9:00なわけだから
その前に入って準備するよね」
主催者が15分前までに入室して下さい、
と言われた場合はそうするけど
仮に言われなければ9:00にノコノコ
会場に入るのか。
会社も同じだ。9:00が始業なら
9時前に来て打刻はしなければならない。
理屈っぽい若者だと、
10分前には来るようにと
就業規則に書いてないです、
とでも言うのか。
彼らは自分たちが企業の中では
経費の塊だということを
理解していない。
まずそれを説明しなければいけない。
経費の塊が業務を行い、営業であれば
利益を創出し、スタッフであれば、
より効率的に会社の最適化を
図らなくてはならない。
少なくとも自分の経費分は
稼がなければならない。
極端に言えば9:00丁度から経費が発生
しているのだ。
アメリカは昔から成果主義の国だ。
仕事の結果が良ければ、ある意味
時間をどう過ごしてもよい。
しかし、fireも多い。
背中合わせなのだ。
テレワークは日本の、いや世界の仕事に対する
考え方を大きく変えた。
これは不謹慎だがコロナウィルスがそうした。
これで若者達は時間をある意味自由に使える。
勘違いしていけないのは、先ほども言ったが
より社員に成果を求められることになったのだ。
社員全員が成果を出す時代は来ない。
数年前に世の中の本屋は
生産性の本で埋め尽くされていたが
もし企業が社員の、または個人の生産性を上げていれば
既に全員のクオリティは上がっているはずだからだ。
そういう声は一部、ほんの一握りしか聞かないし
少なくともそれら企業は私が見る限り
他の平均的生産性までは行っていなかった企業が多い。
それはその企業としては評価だが全てではない。
日本は戦後高度成長期の
組織構造が未だに続いている。
そのことが今の時代にそぐわないのも
支店長がたちは分かっている。
だが、それと時間の認識は違う。
遅刻は信頼を失い、説得力も失くなる。
自分がリタイヤするまで部下達に対して
「時間」というものへの考え方は変わらない